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今日ボクが見た風景

シンガポール建国の父 リー・クアンユー元首相死去

【シンガポール共同】シンガポール首相府によると、


「シンガポール建国の父」として知られるリー・クアンユー元首相が23日、


死去した。91歳だった。2月5日から肺炎のため入院していた。




 シンガポールが英連邦自治州になった1959年に自治州首相に就任して以来、31年にわたり政権を担当。外資導入による工業化を進めるとともに徹底した能力主義を推進。アジアで最も豊かな国の一つとなったシンガポール繁栄の基礎を築いた。リー・シェンロン現首相は長男。




 冷戦下で反共親米の外交路線を取りながら、民主主義や人権のような価値観よりも「社会の安定」や「経済成長」を重視した。













http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/international/international/1-0114704.html







(ー人ー)








祖国に帰れなかったか
ご冥福を










マラヤ連邦独立の際の権力闘争に負けてマレーシアから追い出され


仕方なくシンガポール単独で独立する羽目に・・・

テレビで大泣きしてた。










>民主主義や人権のような価値観よりも


「社会の安定」や「経済成長」を重視した。






まあ歴史に残る人物だよ










華人の国だったが
今は移民受け入れで多民族国家に












ご冥福を

ただコイツは反日色が強すぎたから個人的には無理
息子の方はまだ幾らか現実見えてるみたいだから、上手くやって欲しいわ




リー・クアンユー「私なら中韓から日本へ移民させる」
 








戦中は日本(と商売して)で
メシ喰ってたくせに、
ディスって中国共産党シンパだったひと












まぁ第二の中国作った功績としては
中国で盛大に報道されるだろうな
マレーシアとしては完全なる売国奴ってとこかw










シンガポールのリー・クアンユー初代首相の言葉


「日本は普通の国ではない、特別な国だ。それを覚えておく必要がある」




【中国ブログ】日本は特別な国だ、それを覚えておく必要がある








シンガポール元首相、


リー・クアンユー(李光耀)について

【コラム】


「『慰安所』前に日本兵が順番待ちで並んでいた」
朝鮮日報日本語版 3月13日(金)11時19分配信

大学生だったリー・クアンユー(李光耀)氏は寄宿舎にいたとき、爆発音で目を覚ました。1941年12月8日の未明。英国植民地のシンガポールに日本軍が攻め込んできたのだ。

3日後、彼は街で初めて日本兵を見た。小柄な体格で長い銃剣が付いた小銃を持つ姿は見慣れぬものだった。軍帽の後ろに白い布が付いているのも特異だった。ジャングルで戦って風呂にも入れなかったのか、異臭を放っていた。

日本軍は数の上では劣勢だったが、大胆な速攻戦で英国軍を撃破した。それまで何の疑いもなく受け入れられていた白人優越神話が崩れた。「西欧帝国主義の下、奴隷のように暮らしてきたアジア人たちを解放させる戦争」という日本のうたい文句そのままだった。しかし後日、シンガポール首相になったリー・クアンユー氏は「新たな支配者になった日本軍は英国人よりも残酷・乱暴・不当で、悪意を持って同じアジア民族である私たちを扱った」と回想している。

日本軍は占領直後、中国系住民を探し出した。トラック約50台に乗せて海岸に連れていった。そして彼らを後ろ手に縛り、海に向かって歩くよう命じた。背後で日本兵の機関銃が火を吹いた。兵士たちは死体を足で蹴ったり、銃剣で刺したりして生存者がいないことを確認した。後の戦犯裁判で日本軍は「当時、反日分子6000人を殺した」と認めた。真相調査団はその数を5万−10万人と推定した。

リー・クアンユー氏は自転車に乗っていたとき、市内の高級住宅街の塀沿いに日本兵約200人が並んで順番を待っている姿を見た。看板には「慰安所」と書かれていた。

「朝鮮人女性が部隊に付いて回ってサービスをしてくれるということをその時初めて知った。私は当時、日本の軍部がどのように朝鮮・中国・フィリピンの女性たちを拉致し、そそのかして部隊に付いて回る慰安婦にしたのか知らなかった。オランダ人女性たちは将校向けの慰安婦にもなっていた」

終戦後の1946年、シンガポールで行われた日本に対する戦犯裁判を彼は傍聴した。当時の検事は開廷論告で次のように述べたという。

日本軍が犯した蛮行を調べてみると、果たして人間はどこまで悪になれるのか、またどれだけ堕落できるのかについてゾッとせざるを得ない。もしかしたら人間の尊厳を感じさせてくれるものがあるかもしれないと期待し、資料を調べに調べたが、結局見つけられなかった」


3年半にわたり日本軍占領時代を経験したリー・クアンユー氏は次のような感想も残した。

「日本軍の唯一の統治の手段は恐怖だった。彼らを憎んだが、弾圧とはどんなものかを知っていたので、彼らの意向に逆らわなかった。しかし、朝鮮人は日本が統治を始めた時から抵抗をやめなかった。朝鮮人の風習・文化・言語を抹殺しようとしたが、民族的自負心を持っていた朝鮮人は固い決意で野蛮な圧制者に抵抗した。こうしたケースはあまりなかった」
・・・

http://ameblo.jp/newnoboru/entry-12001116178.html








リー・クアンユー「新たな支配者になった日本軍は英国人よりも残酷・乱暴・不当で、悪意を持って同じアジア民族である私たちを扱った
「日本の軍部がどのように朝鮮・中国・フィリピンの女性たちを拉致し、そそのかして部隊に付いて回る慰安婦にしたのか知らなかった」
朝鮮日報日本語版
3月13日(金)




反日ネタでマンセー




リー・クアンユー元首相が23日未明、死去












「法則」こえーな・・・・
合掌。



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by hinoe-e | 2015-03-23 15:20 | ブログ